「アニマルウェルフェア」(動物福祉)の観点から畜産とペットを考えた先月16日と23日の「動物の幸せって?」には多くのアンケート回答が寄せられました。皆さんの意見や疑問を参考に、取り上げきれなかった事柄について関係者の方に聞きました。
卵や食肉 生産現場を知り行動に 認定NPO法人「アニマルライツセンター」岡田千尋さん
アンケート結果で、食品や衣料品として利用される動物への関心が相対的に低いことに、少しショックを受けました。実験やサーカスと比べても、動物の存在を想像しにくいのが原因かもしれません。でも、利用されている動物の数が圧倒的に多いのがこの分野。日本のアニマルウェルフェア(動物福祉)を底上げしていくには、畜産動物の現状についてもっと周知していかなければならないと感じます。
「ビーガン」(衣食などに関してあらゆる動物製品を避ける人)に象徴される、できる限り動物に苦しみを与えない考え方への理解は、確実に広まってきています。大手食品会社が大豆ミートなど代替肉の商品開発に乗り出したり、世界的なファッションブランドがファーフリー(毛皮使用の禁止)を表明したり。少なくない企業や消費者が、新たに登場したプラスの価値観として受け止めるようになりました。
問題は、マイナスの存在を改善、淘汰(とうた)していこうという方向に、視線が向きにくいことです。「いいもの」を取り入れると同時に「わるいもの」を排除していかないと、日本は、動物福祉の世界的な潮流から取り残されます。企業にとっては、動物福祉への配慮はCSRや社会貢献の話ではなく、本業そのものの「リスク」を取りのぞけるかどうかという問題になりつつあります。動物福祉に配慮を欠いた原材料を調達しているような企業は将来的に、機関投資家などから選ばれなくなるでしょう。
動物福祉の向上に向けて私たち「アニマルライツセンター」(1987年創設・2017年認定NPO法人)が力を入れて取り組んでいるのが、養鶏場の「バタリーケージ」と養豚場の「妊娠ストール」の問題です。動物の苦痛を顧みず、効率ばかりを重視したこの二つの飼育方法は、世界的に動物を苦しめる象徴となっていて、既に欧州連合(EU)などでは利用が原則禁じられたり、期間を限定して利用するよう規制されたりしています。
日本でも、何段にも積み重ねた狭いケージにニワトリを詰め込み、ほとんど身動きできない環境で卵を産ませ続けるバタリーケージ飼育については、その残酷さに気付く消費者が増えてきました。気付きを、どれだけの人が実際の行動に反映できるか、いま重要な局面にあると思っています。消費者の行動が変化すれば、生産者や企業を動かせる。そう期待しています。
一方で養豚場の問題は、まだ一般の認知度が足りていません。国内の9割の養豚場で、母ブタは、自分の体と同じ程度の広さの妊娠ストールと呼ばれるスペースに、種付け前後から出産までの114日程度、1頭ずつ入れられています。その間、母ブタはコンクリートの床の上で、前しか向けない体勢で過ごします。子ブタに授乳する約20日間は「分娩(ぶんべん)ストール」と呼ばれる、やはり身動きが取れない別のスペースに移され、子ブタは柵ごしに乳を吸います。授乳期間が終わればまたすぐに、妊娠ストールに戻される生活です。
子ブタを「豚肉」として食べている消費者のほとんどは、母ブタたちのこの現実を知りません。そんな中で昨年11月、食肉大手の日本ハムが2030年までに妊娠ストールを全廃すると発表したことは、大きなニュースでした。消費者が問題の存在を認知し、ほかの企業も姿勢を改めるきっかけになるはずです。
日本の動物福祉を向上させるには、消費者である私たち一人ひとりが、動物たちの置かれている現実を知ることが大切です。年末年始に起きた「牛乳が余る」問題も、知るチャンスでした。牛乳の需給問題は、官民あげて需要を喚起することで解決しました。でも卵は、安値が続くと、採卵鶏を殺処分して生産調整をしています。牛乳の問題から、卵の問題を考えることもできた、というわけです。知るきっかけは身の回りにあふれています。そして知れば、なんらかの行動に結びつくはずです。(聞き手・太田匡彦)
イルカに負担 ショー廃止を 動物保護団体「PEACE」代表 東さちこさん
アニマルウェルフェア(動物福祉)への意識が高まり、展示やショーを動物虐待とみなして規制する動きが近年強まってきました。イルカショーにも「人間の娯楽の犠牲になっている」と世界的に批判の声があり、フランスでは昨秋、施行から5年後に禁止する法律が成立しました。日本の現状はどうなっているのでしょうか。また、近年は動物性食品を口にしない「ビーガン」が注目されています。元パラスイマーの一ノ瀬メイさんら関係者に話を聞きました。
水しぶきを上げる大ジャンプや、トレーナーと息が合ったパフォーマンス――。華やかなイルカショーは家族連れらでにぎわい、根強い人気があります。しかし、動物保護団体「PEACE」(東京都)の東(あずま)さちこ代表は、「ショーはイルカに必要以上にストレスを与えている。飼育環境も野生に近いとは言えず、狭くて、体長ほどの浅いプールで飼育されている個体もいる。人間の娯楽に過ぎない」と指摘し、段階的な廃止に向けて活動してきました。
野生で捕獲された多くのイルカがショーで使われているそうです。日本動物園水族館協会は2015年、世界動物園水族館協会が問題視する追い込み漁で捕獲したイルカ類の入手を禁じました。
しかし、これに反対して退会した水族館や非加盟の水族館は追い込み漁によるイルカをいまも使い続けています。人工繁殖は技術的に難しく、野生のイルカを購入した方が手軽であることが、理由の一つに挙げられます。
和歌山県太地町ではイルカ類の追い込み漁が知事の許可を得て行われ、生体捕獲されたイルカは国内の水族館や中国へと売られてきました。同町の追い込み漁は米映画「ザ・コーブ」で批判的に描かれて国際的に注目されましたが、同町の漁業関係者は「漁師の生活がかかっている。自然の資源を有効活用しており、種を絶やさないようにしている」と話します。
「PEACE」の調べによれば、イルカがショーや展示で使われている国内施設は50以上。同団体は現在、リニューアルを検討中の「しながわ水族館」(東京都品川区)に対してショーの廃止を求める署名を集めており、品川区議会議長に提出する方針です。施設の所有者である同区の担当者によると「リニューアルに合わせて、イルカショーをどうするかも検討する」そうです。
ただ、ショーの廃止や閉館で行き場を失ったり、老齢化したりしたイルカをどう野生に戻すかも課題です。イルカは本来群れで生活し、生きた魚を捕まえて食べるため、いきなり海に戻すのではなく、野生の環境にある「リハビリ施設」で復帰させる必要があります。
東代表は「ショーや展示は本来のイルカの姿ではないので、リニューアルなどを機になくしていってほしい」と訴えています。(笠井正基)
動物を犠牲にしない生活へ 元パラスイマーでビーガン 一ノ瀬メイさん
2020年春、新型コロナの感染拡大で東京五輪・パラリンピックが1年延期したのを機に、ビーガン食(卵や乳製品を含む動物性食品を口にしない完全菜食)に本格的に取り組みました。当時は練習拠点のオーストラリアがロックダウンとなり、プールにも行けませんでした。そんな状況で技術や体力を向上させるのは難しく、どうすれば成長できるのかを考えていたときにドキュメンタリー番組などを見て、視野を広げて知識をつけることで人間性を磨こうと考えました。
肉を食べる代わりに、どの食材からたんぱく質をとればよいのか。専門家から助言を受け、菜食に関する講座で勉強しました。アスリートとして1日あたり計100グラムのたんぱく質をとることを心がけていましたが、豆類や穀物を中心にとるようにシフトしました。
もともと太りやすい体質で、食事で気を抜くと体重が増えてしまい、いつも我慢しながら食べていました。でも、ビーガン食にしてから、おなかいっぱいに食べても体重が増えません。むしろ減って数カ月後の検査では体脂肪が減ったのに対して、筋肉量は落ちていませんでした。当初は「肉を食べなくても大丈夫か」と不安視していたコーチたちも、そんな数値を示すことによって理解してくれました。
食事をプラントベース(植物性食材のみ使用)に切り替えてから練習後の疲労回復が早くなったと実感しました。水泳で1日に泳ぐ総距離は1万メートルか、それ以上。朝練の後にたくさん食べてから午後の練習をこなしていましたが、食後に眠くならなくなったり、筋肉痛があまり出にくくなったり。スクワットやベンチプレスといった筋力トレーニングでは最大値が上がりました。
オーストラリアではビーガンの方がチームメートやコーチにいたのでいろいろと相談できました。日本では珍しいのですが、SNSで情報を発信している有志と知り合い、どんなプロテインを飲んでいるかなどの助言をもらいました。フィギュアスケート北京五輪代表の小松原美里選手もその1人です。
16年リオデジャネイロ・パラリンピックに出場し、泳ぎ続けてきた理由は障害に対する理解や考え方が変わってほしいと思っていたからです。先天性の右前腕欠損症ですが、街でじろじろ見られたり、嫌なことを言われたりと障害者差別を経験しました。でも、ビーガンを知って調べていくうちに、ヒト以外の生物に対して差別をする「種差別」という概念を知りました。これまで差別はやめようと活動してきたのに、実は食事の時に種差別をしているのではないか。自分の行動は矛盾しているのではないか。そう思うとショックでした。それからはできる限り、食事だけでなく、動物が犠牲になっていないものを選ぶようにしています。昨秋に現役を引退し、ビーガンを続けながら俳優を含め様々なことに挑戦しています。(聞き手・笠井正基)
命の尊厳を・飼育下は安全
昨年12月から今年1月にかけて募集したアンケート回答の一部を紹介します。
●大量消費の時代は終わった 動物の「幸せ」といっても動物の気持ちをおもんばかることしかできないので、人の側で想像力を働かせて、最大限できることをするしかない。畜産動物について、高度経済成長期の大量生産・大量消費の時代は終わったと思う。過去には必要なことであったとしても、現代には必ずしも適合しなくなっている。(兵庫県 40代男性)
●学校飼育に問題 闘鶏や闘牛、闘犬、サーカスやイルカショーなど人の娯楽のために利用するべきではないと強く感じます。動物の命が「物」であることが問題。学校飼育も同じ。子どもの小学校にはウサギや鶏がいました。床はコンクリ、係は押し付け合い、臭くて汚れ、低学年生に「くさーい!」と砂をかけられ、水も餌もカラカラで職員に報告すると「今の時期は係が不在だから」と。学校飼育は虐待小屋でしかない。(埼玉県 50代女性)
●最低限の福祉を 基本的に肉類は食べていませんが、卵はまだ食しています。販売する側にも、畜産の問題など理解してもらいたいです。そして飼育する側、企業も含めて最低限の福祉を守ってもらいたい。ともに暮らすのではなく、利用されるだけなら動物たちが幸せになることなんてできないと思っています。そして子供の頃から教育を徹底して、きちんと心のある高齢者になってもらいたい。そうじゃないと日本の動物への対応はきっと変わらないと思う。(東京都 50代その他)
●狭い柵の中の一生 動物は人間の娯楽や利益のために生まれた物ではない。人間だけが守られるなんて絶対におかしい。動物たちの命の尊厳を守るべきだ。家畜だって、「どうせ食べるから……」でなく、食べられるからこそ最期の最期まで愛情をもって接してあげて欲しい。生まれてから最期まで狭い柵の中で一生を終えるなんてあんまりだと思う。清潔な広々とした所で自由に歩き回れる環境を作ってあげて欲しい。生体販売もやめるべきだ。動物の命は金で買うものではない。毎日殺される命がたくさんあるのに、買う必要は無い。保護犬・猫、繁殖犬・猫にも目を向けるべきだ。(富山県 10代女性)
●私はビーガンです 数年前まで感謝して動物性のものを食べていましたが、人間に感謝されても動物たちの苦痛は一生何も変わらないことに気づきビーガンになりました。平飼いや放し飼い卵も最後は鶏たちが虐殺されるので私は一生食べません。漁業がある限り、魚食する限り野生動物の犠牲も無くならないことを知ってほしいです。水族館やイルカ追い込み漁、動物園や動物サーカス、動物性素材、化粧品などの動物実験も一刻も早く廃止になってほしいです。(京都府 20代女性)
●鶏の犠牲で安い卵 物価の優等生と言われ続けている卵は、鶏の犠牲の元に生産されています。平飼いでは価格が高くなると生産者は言いますが、元々、今の価格が間違いなのです。(大阪府 60代女性)
●できるかぎりのビーガンで 知らなければ周囲と同じように着ていたのが毛皮でした。知らなければお肉も食べていました。魚が生きづくりなど残虐行為の犠牲になっていると知りました。今は肉を食べないし牛乳も飲めない。卵も平飼いか自然農法での鶏卵を選びます。でもお菓子は食べるし、犬がいるからドッグフードも与えます。せめてできるかぎりのビーガンで残りの人生を生きたいと思っています。(神奈川県 60代女性)
●月曜日は菜食 日本の動物福祉は欧米に比べると格段に遅れています。私はミートフリーマンデー。月曜日は菜食にしています。そしてペットショップやブリーダーを資格制にして、むごい繁殖工場をなくさなくてはいけません。また、展示動物や娯楽のための動物たちにも配慮を。闘犬、闘鶏は言語道断です。野生動物が街に現れては駆除されることに人間の傲慢(ごうまん)さを感じます。里山の整備を怠った人間の責任は重いと思っています。(三重県 60代女性)
●せめて家族と一緒に いろいろ考えましたが、やはり人間の手で幸せにするということはなかなか難しいのかなと思いました。せめて、家族と一緒に居させてあげられたらましなのかなと思いました。(鹿児島県 20代男性)
●天敵に襲われない 動物園や水族館の生き物は狭い空間で飼育されていてかわいそうという意見があるが、野生と違い天敵に襲われる心配がないため一概に不幸とは言えないと思う。(埼玉県 20代男性)
●飼育スタッフは努力している 動物園や水族館で飼育されている動物を一概に不幸だと決めつける風潮には賛同しかねる。個体それぞれが幸せで過ごせるように現場の飼育スタッフは個性を見極めて精いっぱいの努力をしている。そもそも生体を研究しなければ野生動物の保護もできない。とはいえ、日本の動物園・水族館の数は多すぎると思うので、合併などで数を減らしつつも規模を大きくできないか。そうしたら予算も増えて動物にとってより良い環境を整えられないかと夢想している。(愛知県 30代女性)
●うわべのSDGsではなく 自分は肉食してしまうので、牛や豚、鶏の命を頂いています。魚も食べます。でも自分でそのものの命を絶って食べろと言われればそんなことは出来ない臆病者です。食べるからには残さない!それだけは考えています。ただスーパーやコンビニで大量の食べ物が廃棄されている行為はすごくつらく思います。自分にできることは一つでも廃棄を減らすだけです。命を粗末に扱いたくない。食品を扱う大企業はうわべのSDGsではなく真剣に取り組んでほしいと思っています。(京都府 60代女性)
◇
最近、近くのスーパーで「平飼い卵」を探した。これまで卵を買うときは、値段が安いことを優先して選んでいたから、気づかなかった。4個で280円(税別)。昔ながらの平飼いかなど詳細は書いていないが、並んで売られている卵とくらべると、確かに高い。そちらは「ケージ飼いの卵」だろう。
この価格をどう考えるのか。卵がそんなに高いのは困る人もいるだろう。ただ、どう生産されてきたのかを理解した上で、選ぶ。取材した方々が口をそろえたように、まずは、その姿勢が大事だと感じている。(笠井正基)
◇
動物福祉向上に積極的に取り組んできた欧州で昨年、大きな動きがありました。欧州ではどちらかと言えば後進的とされるフランスが、2024年以降にペットショップでの犬猫販売を禁じる法律を成立させたのです。イルカショーやサーカスでの野生動物利用、毛皮に使われるミンクの繁殖農場なども禁じられるそうです。
一方の日本。環境省が新たに定めた飼養管理基準省令も、欧米の先進的な規制と比べると一部の数値が低水準だったり、あいまいな表現があったり。省令が段階的に施行される中で、数百匹もの犬を虐待したとして長野県内で繁殖業を営んでいた男が動物愛護法違反容疑で逮捕(同罪で起訴)されるような事件も起きました。犬猫以外の動物については、具体的な数値による規制が盛り込まれておらず、実効性に欠けたままです。世界的に動物福祉向上の潮流が加速するなか、今後も悪質業者の改善、淘汰が進まないようなら、ペットショップでの生体販売を禁じるような、さらに強い規制の導入が日本でも議論の俎上(そじょう)にのぼってくることでしょう。
一昔前、環境保全やジェンダーフリーはいまのように社会的な支持を得られていませんでした。そう思えば、日本においても、動物福祉が社会的に無視できない価値観になるときが、そう遠くない時期にやってきてもおかしくない。ペットに限らず、畜産や展示、実験など人がかかわる様々な動物たちの幸せを真剣に考え、できる限り苦痛を与えない社会。うっすらとですが、その兆しは見えはじめているような気がしています。今回のアンケートに答えてくださった皆さんの存在が裏付けです。楽観的に過ぎるでしょうか。(太田匡彦)
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からの記事と詳細 ( 動物の幸せってなんですか?畜産にイルカショー、考えてみると… - 朝日新聞デジタル )
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