2020年04月05日 12:15
2000年代からジュネーブモーターショーを飾った出展車を振り返るこのコーナー。最終回は、次世代のシティモビリティを模索しながらも数奇な運命をたどった数々の車たちを振り返ってみた。
◆MDI『エアーポッド』(2008年)
ルクセンブルクに本拠を置くモーター・ディヴェロップメント・インターナショナル(MDI)社が開発したシティコミューター。350バールの圧縮空気を容量175リッターのタンクに充填。ピストンを動かして走行する。航続距離は220kmで最高速45km/hとされていた。樹脂製ボディの車両重量は僅か220kgだった。
同車は当時、一般紙を中心に“夢のクリーンエナジー車”として紹介された。ボローニャモーターショーにも展示されたことから、イタリアのポピュリズム政党「五つ星運動」の当主ベッペ・グリッロは街頭演説で、フィアットの経営危機打開策として「こうした車を造ればいい」と提案。いわばプロパガンダとしても使われた。
現実には、タンクの衝突安全性や極めて少ない充填設備などが立ちはだかり、大規模普及には至らなかった。ただしMDI社はその後インドのタタ・モータースにも技術供与をしたり、フランス北部リール市に、同様に圧縮空気で走行するゴミ回収車を納入したりしながら、2020年現在も存続している。
◆ジオッティ・ライン『ジンコ』(2006年)
『ジンコ』は、イタリア中部トスカーナ州のキャンピングカー製造企業「ジオッティ・ライン」が開発したライト・クアドリサイクル規格の軽便車。
Light quadricycleとは欧州委員会が定めた規格で、車両重量425kg以下、最高速度45km/h以下、排気量はガソリンエンジンの場合50cc以下、その他(ディーゼルなど)は4kW以下と規定されている。欧州では日本の原付免許に相当するライセンスで運転可能で、イタリアでは14歳から操縦が許されている。
ジンコのホディはFRP製、フレームはスチール+複合素材である。エンジンはロナンバルディーニ社製の直列2気筒ディーゼル505ccが用いられ、変速機はCVTであった。
軽便車としては珍しいガルウィング・ドアに関して、開発技術者は採用の理由を「若者需要を掘り起こすためのアイキャッチであるとともに、車椅子使用者の乗降にも配慮した」と、当時の筆者に説明した。
◆ルメネオ『スメラ』(2008年)
フランス企業ルメネオ社によるタンデム2座の4輪電動シティカー。144Vのリチウムイオン電池を搭載し、20HPモーター2基で左右のホイールを駆動する。全幅1mに満たず、まるで普通の車を縦に割ったようなボディは、カーブで2輪車のようにティルト、つまり傾けることができた。
2009年、パリで発売。価格は2万4500ユーロだった。販売目標は追って加えられた4人乗り仕様と合わせ、2013年に500台と定められた。しかし2012年以降の生産は10台以下にとどまり、会社は2013年に倒産した。
その後ルメネオ社を買い取ったアルザス地方の4Hオトモビル社は製造コスト削減のため、ティルト機構を廃したスメラを発売したが、やはり販売は振るわず生産終了に追い込まれた。
◆シンク・グローバル『シンク・シティ』(2008年)
ノルウェーの首都オスロを本拠とする電気自動車メーカー、シンク・グローバル社による出展だった。
車両である『シンク・シティ』は、1999年から2003年まで同社の前身を保有していたフォードモーター社による、北米西海岸向けシティEVプロジェクトを起源とする。ボディパネルはプラスチック製で、出力は32kW、航続距離は160kmであった。
ジュネーブモーターショー2008会場では、屋外であったものの広大な展示面積を占有した。同時に、ジュネーブがイベントとして、クリーンエナジー車に関心が高いことをいち早くアピールするのにも貢献した。
シンク・グローバルは2000年代初期、世界でいち早くCO2削減政策に取り組んだ北欧で初期に成功したEV量産メーカーのひとつであった。しかし、主要メーカーが後発ながらEVに参入しはじめると形勢は不利になってしまった。
そのため2009年にフィンランドを本拠とし、現在メルセデスベンツの受託生産で知られるヴァルメット・オートモティヴの傘下入り。同社のもと、米国インディアナ州でも生産を開始したが販売は振るわず、2011年6月にシンク・グローバルは会社を畳んでいる。
◆ミア・エレクトリック『ミア』(2011年)、『ミア・ロックス』(2012年)
フランスの「ミア・エレクトリック」社は2011年の設立。フランスを代表するコーチビルダーでありながら当時経営危機にあった、ユリエーズ社の電気自動車部門のスタッフが集結したものだった。本社もユリエーズと同じセリゼ市に置かれた。
2011年に展示された『ミア』は左右にスライドドアをもち、それぞれルーフまで回り込ませることによる広い開口部を特徴としていた。また2012年の『ミア・ロックス』は、ボディの一部をオープンにしたものであった。
生産開始にあたっては、解雇されたユリエーズ工場従業員を再雇用する際の職業訓練資金をフランス政府から獲得して話題を呼んだ。だが、2014年3月に裁判所に破産申請を行っている。
◆ヴォルテイス『V+ヴォルテイス by スタルク』(2012年)
フランスのレジャー用マイクロEV製造会社「ヴォルテイス」が、工業デザイナーのフィリップ・シュタルクとコラボレーションした作品。
庭園用ファニチャー企業「ドゥドン」の協力で実現した籐製シートは、1950〜60年代にイタリアやフランスでフィアットやルノーをベースにさかんに改造された“ビーチカー”を彷彿とさせる。
マットシルバーのボディやシンプルな運転席まわりは好感がもてるものの、従来スタルクがさまざまな家庭用品で提案してきた斬新さからすると、あとひとつ物足りなかったのは筆者だけだろうか。
最期に「ジンコ」に話を戻せば、メーカーであるジオッティ・ライン社がジュネーブに出展したのは今回紹介した2006年の1回限りだった。しかし、一発屋とするのは早計だ。ジンコは2007年に同車の製造を継承したジオッティ・ヴィクトリア社によって2010年まで生産が継続された。
ここ数年景況感がみられないイタリアで、ライト・クアドリサイクル全般は、税金・保険とも原付き二輪車並に安価であることから、たとえ中古であっても一定の需要がある。
ジンコも例外ではない。2020年4月現在もインターネット上では、2000年モデルが4000ユーロ(46万円)で取引されている。新車価格が当時の円換算で180万円だったことを考えると、20年ものの値落ちとしてはかなり優秀である。
また、ジオッティ・ヴィクトリア社はジンコの生産終了後、中国「東風汽車集団」の小型トラックを自社ブランドで販売するビジネスに転換して、今日まで存続している。そうした意味で、かつてジュネーブモーターショーに出展した中小規模ブランドの中では、知られざる優等生といえよう。
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