
藤井貞和著
なぜ詠むのか 数千年の歴史の旅
評 田中綾(北海学園大教授)
全30章に、序章と終章を加えた、厚み3センチの大冊。前著「日本文学源流史」(2016年)で提示した独自の文学史構想を、具体的な歌の訳出で肉付けた、〈うた〉民俗学創出の書である。
訳出されているのは、古代歌謡から万葉歌、平安和歌、そして前衛短歌など現代短歌まで。読み進めるうちに、前作で著者が時代区分した神話紀からポスト物語紀までの数千年の〈うた〉の、地下水脈を探り当てる旅に同行できたような至福を感じた。
「うた」の語源としては、これまで「うつたへ(訴へ)」説が主流であったが、本書では、「うたた(いよいよ)」「うたがふ(疑ふ)」「うたげ(宴)」も視野に入れた〈うた状態〉への着目が提案されている。
また、本来、神々に呼びかけるための歌謡類が、説明体系の内部に取りこまれ、その「説明体系の精髄」として〈うた〉がある、という記述にも首肯させられる。
とはいえ、〈うた〉が日本語表現に限定されるものではないことは、前著でも強調された重要な見解であろう。琉歌や「おもろさうし」、アイヌのユカラ、加えて本書ではインド南部の「サンガム詩」の韻律が注目されており、視野がさらに広がる。
ところで、本書の特徴の一つに、女性の歌が多く引用されていることがある。そこには著者の「歌には性を超える平等性があるはずなのに、どうして女歌の話題が尽きないのだろうか」という問いがあるのだ。
著者はこれまでも、折口信夫の文学発生論をつねに参照し、ときに批評的に論じてきた。折口が定義する〈女歌〉には、歌垣で男性からの贈歌を切り返したり、言葉の上で「人をたらす」ような特徴がある。けれども本書では、「古事記」の歌謡や「万葉集」から、そうではない歌が例証され、折口説の限界が指摘されている。〈うた〉は、古代でも現代でも性差を超える器なのだ。
終章のタイトル「人はどのような時に絶唱を詠むのか」が、ふいに屹立(きつりつ)する。本書自体が、詩人でもある著者の、「絶唱」の一つであるのかもしれない。(青土社 4620円)
<略歴>
ふじい・さだかず 1942年生まれ。詩人、国文学者。著書に「物語の起源」「日本文学源流史」など
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September 06, 2020 at 02:30AM
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<書評><うた>起源考:北海道新聞 どうしん電子版 - 北海道新聞
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